Dr. ナンバの時間 Vol.37 犬の糖尿病治療はどう変わった?
2026年AAHA最新ガイドラインを獣医師がわかりやすく解説
― 目標は「完璧な血糖値」ではなく、元気に暮らすこと ―
執筆・監修:難波 信一 獣医師・獣医学博士
マーブル動物医療センター 院長
この記事の要点
結論:犬の糖尿病では、血糖値をいつも正常にすることより、症状を抑え、体重を保ち、低血糖を避けながら無理なく治療を続けることが大切です。
犬の糖尿病は、適切な治療とモニタリングによって、多くの犬が良好な生活の質を保ちながら暮らせる病気です。
2026年AAHAガイドラインでは、従来のインスリンに加えて、より長く安定して作用する基礎インスリンも選択肢として紹介されています。
一部の長時間作用型インスリンでは、1日1回の注射で管理できる犬も報告されています。
FreeStyle Libreなどの持続血糖測定器(CGM)によって、自宅で数日間の血糖変化や夜間の低血糖を確認しやすくなりました。
糖尿病は「血糖値の数字」だけで判断せず、飲水量、尿量、食欲、体重、元気など犬全体を見ながら治療することが重要です。
2026年、犬の糖尿病ガイドラインが新しくなりました
2026年、AAHA(American Animal Hospital Association:米国動物病院協会)から、新しい犬の糖尿病管理ガイドラインが発表されました。
前回は2018年。
今回は犬と猫が別々のガイドラインとなり、犬について、
診断
インスリン治療
食事
持続血糖測定
低血糖
糖尿病性ケトアシドーシス
治療がうまくいかない場合の考え方
飼い主さんへの説明
まで、かなり実践的に整理されています。
私が今回のガイドラインを読んで特に感じたのは、
「血糖値を完璧にする治療」から、
「犬と飼い主さんが無理なく続けられる治療」へ。
という考え方が、よりはっきりしてきたことです。
犬の糖尿病では、基本的にインスリン治療が必要です
犬の糖尿病では、膵臓のβ細胞が失われ、インスリンが絶対的に不足するタイプが中心です。
そのため現在でも、犬の糖尿病治療の基本はインスリンです。
代表的な症状は、
水をたくさん飲む
尿の量が増える
食欲が増える
食べているのに痩せていく
などです。
診断では血糖値だけでなく、高血糖、尿糖、そして典型的な症状を合わせて判断します。
2026年ガイドラインでは、血糖値200mg/dL以上に尿糖と典型的な症状がそろうことが、診断の重要な目安として示されています。
「血糖値を正常にすること」がゴールではありません
これは今回、飼い主さんにぜひ知っていただきたいポイントです。
人の糖尿病をイメージすると、
「血糖値はいつも正常でなければいけない」
と思われるかもしれません。
でも犬では少し考え方が違います。
治療で大切なのは、
水を飲みすぎなくなること。
尿量が落ち着くこと。
異常な食欲が改善すること。
適正な体重を維持すること。
そして低血糖を起こさないこと。
です。
多少血糖値が高い時間があっても、
犬が元気で、
食欲が安定し、
体重が維持され、
多飲多尿が落ち着いているのであれば、
必ずしも「治療が失敗している」という意味ではありません。
2026年ガイドラインでも、厳密すぎる血糖管理ではなく、症状を抑えながら低血糖を避けることが重視されています。
これは私も、とても大切な考え方だと思います。
インスリンが「1日1回」で済む犬も?
今回のガイドラインで特に興味深いのが、長時間作用型の基礎インスリン(basal insulin)です。
従来、犬の糖尿病では1日2回のインスリン注射が一般的でした。
ところが最近では、作用時間が長く、血糖値を比較的なだらかに保つインスリンについて研究が進んでいます。
デグルデクを使用した研究では、84%の犬が1日1回の投与で維持できました。
グラルギンU-300を使った研究では、60%の犬が1日1回で管理できたと報告されています。
もちろん、
すべての犬が1日1回で済むわけではありません。
犬によっては1日2回が必要です。
そのためガイドラインでは、こうした基礎インスリンを始める場合には、CGMなどを利用して、その犬に適した投与量と投与回数を判断することを勧めています。
また、このタイプのインスリンは必ずしも食事と同時に投与する必要がないため、
食欲が不安定な犬や、毎日厳密な時間管理が難しいご家庭ではメリットになる可能性があります。
ただし、これは米国AAHAのガイドラインです。
日本では薬剤ごとに承認状況や使用方法が異なります。
インスリン注射の時間も、少し柔軟に考えられるようになりました
従来型のインスリンでは、食事とインスリン投与をなるべく一定にすることは今も大切です。
ただ2026年ガイドラインでは、通常の食事・投与時間から前後約2時間程度の柔軟性を持たせてもよいとしています。
またガイドラインでは、
食事を50%以上食べた場合 → 通常量
50%未満しか食べなかった場合 → 通常量の半量
という考え方も示されています。
ただし、ここは非常に大切です。
使用しているインスリンによって対応は異なります。
この記事を見て自己判断で量を変えるのではなく、
「食べなかったらどうする?」
「半分しか食べなかったら?」
というルールを、あらかじめ主治医と相談しておいてください。
FreeStyle LibreなどのCGMが糖尿病治療を変えています
今回のガイドラインで重視されているのが、
CGM(Continuous Glucose Monitor:持続血糖測定器)
です。
皮膚に小さなセンサーを装着し、数日間にわたって糖濃度を連続して記録します。
従来の血糖曲線では、2時間ごとに何度も採血する必要がありました。
CGMなら、
食事後にどう変化するか
インスリンがどのくらい効いているか
効果が何時間続いているか
夜中に低血糖になっていないか
などを見ることができます。
FreeStyle Libreでは、組織中の糖濃度を約15分ごとの平均値として、最大15日間記録できます。
そして大きなメリットは、
病院ではなく、いつもの自宅生活の中で測定できること。
です。
病院で緊張している時だけではなく、食事、散歩、睡眠など、普段の生活を含めた血糖変化を見ることができます。
ただしCGMにも誤差があります。
特に非常に低い値や高い値では実際の血糖値とずれることがあるため、低い値が出ても犬に低血糖症状がない場合には、別の血糖計で確認することが推奨されています。
CGMの数字だけを見て、飼い主さんが勝手にインスリン量を変更しないことも重要です。
血糖値だけで糖尿病の状態は決まりません
これは今回のガイドラインで、私が特に重要だと思ったところです。
毎日の生活では、
水を飲む量
尿の量
食欲
体重
元気
活動性
をよく観察してください。
ガイドラインでは、
多飲・多尿・多食がなく、体重が安定または増加している犬は、糖尿病が良好に管理されている可能性が高い
としています。
検査値が多少高くても、
犬が元気で、
水や尿の量が落ち着き、
体重も安定しているのであれば、
治療がうまくいっていることがあります。
逆に、数字だけは良さそうでも、
痩せ続ける。
水をたくさん飲む。
尿量が多い。
という状態なら、治療を見直す必要があります。
検査値と、犬の生活の両方を見る。
これが大切です。
食事は「糖尿病専用食しかダメ」ではありません
食事療法の大きな目的は、
適正体重を維持することと、食後の急激な血糖上昇を抑えること。
です。
ガイドラインでは、糖尿病の犬でも、
栄養的に完全でバランスが取れていて、毎日安定して食べられる食事
であれば、良好に管理できるとしています。
缶詰には、
単純炭水化物が比較的少ない
水分が多い
カロリー密度が低い
といったメリットがあります。
食物繊維を多く含む食事は、肥満犬の減量や食後高血糖の抑制に役立つ場合があります。
ただし、痩せている糖尿病犬では話が違います。
痩せている犬では、
体重と筋肉量を回復させることが優先です。
また、腎臓病や膵炎など別の病気がある場合には、その病気も含めて食事を考えます。
「糖尿病だから、このフードしかダメ」
というほど単純ではありません。
インスリン治療で特に注意したい「低血糖」
インスリン治療中に特に気をつけたいのが、低血糖です。
次のような症状がみられることがあります。
急に元気がなくなる
眠そうになる
普段と違う行動をする
ふらつく
力が入らない
震える
倒れる
けいれんする
軽い症状で意識があり、食べられる場合には食事を与え、その後動物病院へ連絡してください。
反応が悪い、震えが強い、倒れる、けいれんするといった場合には、緊急対応が必要です。
けいれんしている犬の口の中に手や指を入れないでください。
ガイドラインでも、飼い主さんが低血糖の症状と対処法を理解しておくことを重要視しています。
「吐く・食べない・ぐったり」は緊急サインのことも
糖尿病では低血糖だけでなく、
糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)
という生命に関わる合併症があります。
糖尿病の犬が、
急に食べなくなった
吐いている
ぐったりしている
力が入らない
脱水している
反応が鈍い
といった状態になった場合には、早めに動物病院へ連絡してください。
DKAは、まだ糖尿病と診断されていない犬だけではなく、すでにインスリン治療を受けている犬でも起こることがあります。
「インスリンを増やせば下がる」とは限りません
血糖値が高いからといって、単純にインスリン量を増やせばよいとは限りません。
糖尿病がうまくコントロールできない原因には、
インスリンの保存方法
注射方法
食事
膵炎
感染症
歯周病
クッシング症候群
腎臓病
薬剤の影響
などがあります。
ガイドラインでも、インスリン量が増えているのに反応が悪い場合には、インスリン抵抗性を起こす別の病気がないかを探すことを勧めています。
「効かないから増やす」前に、
「なぜ効きにくくなったのか?」を考える。
ここも大切です。
Dr.難波から
糖尿病と診断されると、
「毎日注射なんてできるだろうか」
「ずっと血糖値を測らなければいけないの?」
「この子はこれからどうなるんだろう」
と不安になる飼い主さんは少なくありません。
でも犬の糖尿病は、
きちんと治療すれば、多くの犬が長く付き合っていける病気です。
今回の2026年ガイドラインを読んでいて感じるのは、糖尿病治療が、
「数字を完璧にする治療」から、
「犬と飼い主さんが無理なく続けられる治療」へ。
少しずつ変わっていることです。
インスリンも進歩しています。
持続血糖測定器も使えるようになりました。
治療スケジュールにも以前より柔軟性が出てきています。
もちろん、定期的な診察や検査は必要です。
低血糖にも注意しなければなりません。
でも目標は、
血糖値の数字を100点にすることではありません。
よく食べる。
よく眠る。
水や尿の量が落ち着く。
体重を維持する。
そして家族と普通の日常を過ごす。
私は、それが犬の糖尿病治療で一番大切なことだと思っています。
「糖尿病と言われたけれど、どうしたらいいか分からない」
「インスリンを使っているけれど、なかなか安定しない」
「最近また水をたくさん飲むようになった」
そんなときは、一度ご相談ください。
その犬とご家族にとって、無理なく続けられる糖尿病治療を一緒に考えていきましょう。
よくある質問
犬の糖尿病は治りますか?
多くの犬では、生涯にわたってインスリン治療が必要になります。
ただし、適切な治療とモニタリングによって、多くの犬が良好な生活を送ることができます。
犬のインスリン注射は必ず1日2回ですか?
従来は1日2回が一般的ですが、2026年ガイドラインでは、一部の長時間作用型インスリンで1日1回で管理できる犬がいることも紹介されています。
ただし、犬によって必要な投与回数は異なります。
FreeStyle Libreは犬にも使えますか?
犬でも糖濃度の変化を追うために利用されています。
数日間の血糖変動や夜間の低血糖などを確認するのに役立ちます。
ただし測定誤差もあるため、数値は獣医師と一緒に評価します。
糖尿病の犬には専用フードしか与えられませんか?
必ずしもそうではありません。
適正体重、食欲、他の病気の有無などを考慮して食事を選びます。
インスリン治療中にごはんを食べなかったら?
使用しているインスリンによって対応が異なります。
自己判断でいつもの量を投与せず、あらかじめ主治医から「食べなかった時のルール」を確認しておいてください。
参考文献
Bugbee A, Rucinsky R, Alvarez E, Cook A, Lathan P, Panning C. 2026 AAHA Diabetes Management Guidelines for Dogs. Journal of the American Animal Hospital Association. 2026;63. doi:10.5326/JAAHA-MS-7583.
Tardo AM, Fleeman LM, Fracassi F, et al. A dose titration protocol for once-daily insulin glargine 300 U/mL for the treatment of diabetes mellitus in dogs. J Vet Intern Med. 2024;38(4):2120–2128.
Mott J, Gal A, Tardo AM, et al. Insulin degludec 100 U/mL for treatment of spontaneous diabetes mellitus in dogs. J Vet Intern Med. 2025;39(1):e17303.
Corradini S, Pilosio B, Dondi F, et al. Accuracy of a flash glucose monitoring system in diabetic dogs. J Vet Intern Med. 2016;30(4):983–988.
執筆・監修
難波 信一
獣医師・獣医学博士
マーブル動物医療センター 院長
公開日:2026年9月15日
最終更新:2026年9月15日
※本記事は2026年AAHA犬糖尿病管理ガイドラインをもとに、飼い主さん向けに内容を整理しています。米国のガイドラインであり、日本国内では薬剤の承認状況、適応、使用方法が異なる場合があります。治療内容やインスリン量を自己判断で変更せず、必ず獣医師にご相談ください。
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