Dr. ナンバの時間 Vol.38 犬や猫の歯石取り、本当に「歯石を取るだけ」?
2026年WSAVA最新デンタルガイドラインを獣医師がわかりやすく解説
― 「たかが歯石取り」ではなく、その子に合った安全な歯科治療を ―
執筆・監修:難波 信一 獣医師・獣医学博士
マーブル動物医療センター 院長
この記事の要点
結論:犬や猫の歯科処置は、見えている歯石を取るだけの処置ではありません。歯ぐきの下まできちんと評価し、その子の全身状態や歯周病の程度を確認したうえで、安全に治療することが大切です。
歯周病は、目に見える歯石よりも「歯ぐきの下」で進行していることがあります。
適切な歯科検査・歯石除去・歯周病治療には、原則として全身麻酔が必要です。
「麻酔をしない=安全」とは限りません。歯周病を放置することにも、痛みや感染という問題があります。
歯科処置では、口の中の細菌が一時的に血液中へ入る「菌血症」が起こることがあります。ただし、菌血症と敗血症は同じものではありません。
抗菌薬は、すべての犬猫に一律に投与するものではありません。歯周病の程度、感染の状態、基礎疾患、全身状態などから個別に判断します。
高齢だからという理由だけで、歯科処置や麻酔ができないわけではありません。
歯科治療の目的は「歯を白くすること」ではなく、痛みのない口で、おいしく食べて暮らしてもらうことです。
2026年、犬猫の歯科ガイドラインが新しくなりました
2026年9月、WSAVA(World Small Animal Veterinary Association:世界小動物獣医師会)から、新しいGlobal Dental Guidelinesが発表されました。
前回は2019年。
今回のガイドラインでは、犬や猫の歯周病だけでなく、
口腔内の診察
歯科レントゲン
歯周病の診断と治療
抜歯
麻酔と疼痛管理
若齢動物の歯科疾患
歯や顎の外傷
家庭でのデンタルケア
などについて、幅広くまとめられています。
私が今回のガイドラインを読んで、あらためて感じたことがあります。
「歯石を取ること」が歯科治療なのではなく、
「口の中をきちんと診断して、必要な治療をすること」が歯科治療である。
ということです。
犬や猫の歯石が多いと、歯周病も重いのでしょうか?
診察室で、
「歯石がずいぶん付いてきました」
と相談されることがあります。
もちろん、歯石は口腔内の状態を知る一つの目安です。
でも、獣医師がもっと気にしているのは、
歯ぐきの下で何が起きているのか。
です。
歯周病が進行すると、
歯と歯ぐきの間に深い歯周ポケットができる
歯を支えている骨が失われる
歯根の周囲に炎症や感染が起こる
歯がぐらつく
痛みが生じる
といった変化が起こります。
ところが、こうした異常は、起きている犬や猫の口を少し見ただけでは分からないことがあります。
見た目にはそれほど悪そうに見えなくても、歯ぐきの下では歯周病がかなり進行している場合もあります。
逆に、
「歯石が多い=必ず重度の歯周病」
とも限りません。
歯石の量だけでは、口の中の本当の状態は分からない。
ここが大切です。
犬・猫の歯石除去に全身麻酔は必要?
「歯石を取るだけなら、麻酔なしではできませんか?」
これは、とてもよく聞かれる質問です。
麻酔を心配される気持ちはよく分かります。
しかし、適切な歯科診療では、表面に見えている歯石だけを取ればよいわけではありません。
全身麻酔をかけることで、
歯ぐきの下を清掃する
歯周ポケットの深さを調べる
一本一本の歯を詳しく確認する
歯科レントゲンを撮影する
必要な歯を抜歯する
痛みを伴う処置を適切に行う
ことができます。
また、歯科処置では水、唾液、血液、細かな歯石などが口の中に飛散します。
そのため、全身麻酔をかけて気管チューブを入れ、気道を守ることも大切です。
2026年WSAVAガイドラインでも、適切な歯科検査や治療には全身麻酔が必要とされ、麻酔をしない状態で行う歯科処置は推奨されていません。
麻酔をかけずに表面の歯石だけを取り除いても、歯ぐきの下にある歯周病そのものの診断や治療にはならない場合があります。
ですから、
「麻酔をしない=安全」
とは一概に言えません。
歯周病をそのまま放置することにも、痛みや感染という別の問題があります。
私が「たかが歯石取り」と考えない理由
私は長く臨床をしています。
その中では、歯科処置について考えさせられる経験もしてきました。
だから私は、歯石除去を、
「ちょっと麻酔をかけて、歯石を取れば終わり」
という処置だとは考えていません。
高齢の犬や猫であれば、心臓や腎臓などの状態も確認します。
持病があれば、その病気が安定しているかを確認します。
歯周病が重ければ、感染の程度も考えます。
麻酔そのものだけではなく、
「この子は今、安全に歯科処置を受けられる状態なのか?」
を一頭ずつ考えます。
歯科処置に限ったことではありませんが、
慣れている処置だからこそ、慣れすぎないこと。
私は、それを大切にしています。
犬・猫の歯科処置で「菌血症」は起こる?
犬や猫の口の中には、非常に多くの細菌が存在しています。
歯石除去や抜歯などによって歯ぐきに刺激が加わると、口の中の細菌が一時的に血液中へ入ることがあります。
これを、
菌血症(きんけつしょう)
といいます。
2026年に発表された犬猫の歯科処置に関するsystematic review(これまでの研究を系統的に調べてまとめた研究)では、限られた研究を統合した結果、歯科処置に関連して菌血症が確認された割合は約47%でした。
「そんなに多いの?」
と思われるかもしれません。
でも、ここには非常に大切なポイントがあります。
菌血症=敗血症ではありません。
一時的に細菌が血液中へ入っても、それだけで病気になるわけではありません。
健康な体では、免疫機能によって細菌が処理されることがあります。
一方、敗血症は、感染によって全身の臓器に重大な障害が起こる、生命に関わる状態です。
菌血症と敗血症は同じものではありません。
そして現在の研究では、
犬猫の歯科処置によって敗血症や感染性心内膜炎が実際にどのくらい起こるのかは、まだ十分には分かっていません。
2026年のsystematic reviewでも、歯科処置後の菌血症に関する報告はある一方、それが重大な全身感染症につながるのかについては、科学的データが非常に限られていることが指摘されています。
犬・猫の歯石除去前後に抗菌薬は必要?
「口の中には細菌がいる」
「歯科処置では菌血症が起こることがある」
と聞けば、
「では、あらかじめ抗菌薬を飲ませれば安心なのでは?」
と思われるかもしれません。
ここは少し慎重に考える必要があります。
現在の抗菌薬適正使用の考え方では、
通常の歯科処置を行うすべての犬猫に、一律に全身性抗菌薬を投与することは推奨されていません。
抗菌薬には、
下痢や嘔吐などの副作用
腸内細菌への影響
薬剤耐性菌を増やす問題
などもあるからです。
また2026年のsystematic reviewでも、歯科処置前後に抗菌薬を投与することによって、敗血症や感染性心内膜炎などの重大な感染症を予防できるかどうかについては、判断できるだけの十分なデータがありませんでした。
ただし、
「歯科処置では抗菌薬を使ってはいけない」
という意味でもありません。
歯周病が非常に重い。
明らかな感染がある。
全身状態に問題がある。
免疫機能に影響する病気や治療がある。
感染を起こした場合の影響が大きいと考えられる。
そうした患者では、抗菌薬の使用を検討することがあります。
私自身も、これまでの臨床経験から、
歯周病の程度、感染の状態、年齢、基礎疾患、全身状態などを考え、感染リスクが高いと判断した患者では、歯科処置前後の抗菌薬投与を検討しています。
大切なのは、
「全員に使う」でもなく、
「絶対に使わない」でもない。
ということです。
その子に抗菌薬が必要なのかどうかを、一頭ずつ考える。
それが現在の考え方です。
高齢犬・高齢猫でも歯石除去の麻酔はできる?
「もう12歳だから歯石除去は無理ですよね?」
「15歳で麻酔なんて危なくないですか?」
これもよく聞かれる質問です。
もちろん、高齢になれば、心臓病、腎臓病、内分泌疾患などを持っている可能性は高くなります。
しかし、
年齢だけで麻酔ができる・できないを決めるわけではありません。
同じ12歳でも、元気に散歩をしている犬もいれば、心臓病や腎臓病を治療している犬もいます。
大切なのは、
「何歳なのか」だけではなく、
「今、その子の体がどのような状態なのか」。
です。
身体検査や血液検査を行い、必要に応じて、
レントゲン検査
心臓超音波検査
腹部超音波検査
血圧測定
などを組み合わせて全身状態を評価します。
病気が見つかれば、先にその病気を治療し、できるだけ状態を整えてから歯科処置を行う場合もあります。
「高齢だからやらない」
ではなく、
歯周病を放置するリスクと、麻酔・歯科処置のリスクを比べながら、その子にとって何が一番よいのかを考えることが大切です。
歯周病で抜歯をしても、ごはんは食べられる?
歯科処置というと、
「歯石を取って、歯を白くする」
というイメージがあるかもしれません。
でも、歯科治療の本当の目的はそこではありません。
痛みのない口で、おいしく食べてもらうこと。
です。
重度の歯周病で痛みのある歯を無理に残すより、原因となっている歯を適切に抜歯した方が、処置後によく食べるようになる犬や猫もいます。
飼い主さんから、
「こんなに歯を抜いて、本当に食べられますか?」
と聞かれることがあります。
多くの場合、痛い歯を抱えたまま食べるより、原因となる歯を治療した後の方が楽に食べられます。
犬や猫は、口の痛みをなかなか表に出してくれません。
いつも通り食べているように見えても、
片側だけで噛んでいたり、
硬いものを避けていたり、
食べる速度が遅くなっていたりすることもあります。
「食べているから、歯は痛くない」
とは限らないのです。
犬・猫の歯周病を予防するには?
一番いいのは、
悪くなってから治療するのではなく、悪くなる前から管理することです。
日常生活では、
ときどき口の中を見る
できれば毎日歯磨きをする
口臭の変化に気をつける
食べ方の変化を見る
定期的に動物病院で口腔内を確認してもらう
ことが大切です。
2026年WSAVAガイドラインでも、家庭で行うプラークコントロールの基本として歯磨きが重視されています。
最初から完璧に磨く必要はありません。
口の周りを触る。
唇をめくる。
歯ブラシを口元に近づける。
少しだけ歯に触れる。
というところから、ゆっくり慣らしていきましょう。
無理に口を開けたり、嫌がる犬や猫を押さえつけて磨いたりする必要はありません。
続けられる範囲で少しずつ。
それが一番です。
Dr.難波から
歯石除去は、動物病院では比較的よく行われる処置です。
だからこそ、
「いつもの歯石取りだから」
と慣れてしまわないことが大切だと私は思っています。
私自身、長い臨床経験の中で、歯科処置について慎重に考えるようになりました。
そして獣医学も、少しずつ変わっています。
今回の2026年WSAVAガイドラインや新しい研究を読んでも、まだ分かっていないことはたくさんあります。
歯科処置に伴って菌血症は起こることがある。
でも、それがどの程度重大な感染症につながるのかは、まだ十分には分かっていない。
抗菌薬を使えばすべて防げる、という科学的根拠もありません。
だから私は、
「ガイドラインにこう書いてあるから全員同じ」
ではなく、
新しい医学を学びながら、
これまでの臨床経験も大切にして、
目の前の一頭にとって、何が必要なのかを考える。
それが大切だと思っています。
歯科処置を必要以上に怖がる必要はありません。
でも、
「たかが歯石取り」でもありません。
口臭が強くなった。
歯石が目立ってきた。
歯ぐきが赤い。
硬いものを食べなくなった。
口を触られるのを嫌がる。
そんな変化があれば、一度ご相談ください。
きちんと口の中を診て、
必要なら全身状態も調べて、
その子にとって無理のない治療を一緒に考えていきましょう。
痛みのない口で、
おいしく食べる。
私は、それも犬や猫が元気に楽しく暮らすための大切な健康管理だと思っています。
よくある質問
犬や猫の歯石が付いていたら、必ず歯石除去が必要ですか?
必ずしも歯石の量だけで決めるわけではありません。
歯ぐきの炎症、歯の動揺、口臭、痛み、年齢、全身状態などを合わせて判断します。
見た目の歯石が少なくても、歯周病が進んでいる場合があります。
犬や猫の歯石除去は、麻酔なしでもできますか?
表面に付着した歯石を削り取ることはできても、歯ぐきの下の診察や清掃、歯科レントゲン、痛みを伴う治療を十分に行うことはできません。
2026年WSAVAガイドラインでは、適切な歯科検査・治療には全身麻酔が必要とされています。
高齢犬・高齢猫の歯石除去は危険ですか?
年齢だけで麻酔の危険性を判断することはできません。
身体検査や血液検査を行い、必要に応じて心臓、腎臓などの状態を詳しく調べ、その子の全身状態から判断します。
歯石除去の前後には抗菌薬を飲んだ方がいいですか?
すべての犬猫に一律に必要というわけではありません。
歯周病の程度、感染の状態、基礎疾患、全身状態などから、獣医師が個別に判断します。
自己判断で抗菌薬を使用せず、主治医と相談してください。
歯科処置で敗血症になることがありますか?
歯科処置に伴って、一時的に細菌が血液中へ入る「菌血症」が起こることがあります。
ただし、菌血症と敗血症は同じものではありません。
現在の犬猫の研究では、歯科処置後の敗血症が実際にどの程度起こるのかについて、十分なデータはありません。
歯をたくさん抜いても、ごはんは食べられますか?
多くの犬や猫は食べることができます。
重い歯周病で痛みのある歯を残しているより、原因となる歯を適切に治療した後の方が、よく食べるようになることもあります。
家でできる一番効果的なデンタルケアは何ですか?
基本は歯磨きです。
最初から完璧に磨こうとせず、口の周りを触ることから少しずつ慣らしていきましょう。
その子に合った方法については、診察時にご相談ください。
参考文献
Niemiec B, Gawor J, Nemec A, Chandler M, Mestrinho LA, Steagall PV, Papadimitriou S, Ong BHE, Morgenegg G, McLeod K, Burley M. World Small Animal Veterinary Association global dental guidelines. Journal of Small Animal Practice. 2026. doi:10.1111/jsap.70057.
Weese JS, Soltero-Rivera M, Weese HE, Scahill K. Infectious complications of dental procedures in dogs and cats, and the impact of antimicrobial prophylaxis: a systematic review. Journal of Small Animal Practice. 2026. doi:10.1111/jsap.70147.
Rucinsky R, Cook A, Haley S, Nelson R, Zoran DL, Poundstone M. 2022 AAFP/AAHA Antimicrobial Stewardship Guidelines. Journal of the American Animal Hospital Association. 2022.
Bellows J, Berg ML, Dennis S, et al. 2019 AAHA Dental Care Guidelines for Dogs and Cats. Journal of the American Animal Hospital Association. 2019;55(2):49–69.
執筆・監修
難波 信一
獣医師・獣医学博士
マーブル動物医療センター 院長
公開日:2026年10月1日
最終更新:2026年10月1日
※本記事は2026年WSAVA Global Dental Guidelines、2026年に発表された犬猫の歯科処置と感染症に関するsystematic review、および関連ガイドラインをもとに、飼い主さん向けに内容を整理しています。歯科処置、麻酔、抗菌薬の必要性は、歯周病の程度、年齢、基礎疾患、全身状態などによって異なります。治療内容については自己判断せず、必ず獣医師にご相談ください。
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