Dr.ナンバの時間 Vol.40 犬の下痢。元気なら様子を見ていい?
血便=重症? 抗菌薬は必要? 犬の急性下痢を獣医師が解説
― 下痢の見た目より、ワンちゃんの全身状態を見ることが大切です ―
執筆・監修:難波 信一 獣医師・獣医学博士
マーブル動物医療センター 院長
この記事の要点
結論:ワンちゃんが急に下痢をしても、元気・食欲があり、嘔吐や脱水がなく、全身状態が良ければ、必ずしも重い病気とは限りません。反対に、便の見た目がそれほどひどくなくても、ぐったりしている、何度も吐く、脱水している場合には早めの受診が必要です。
犬の急性下痢では、便の色や血の有無だけで重症度を判断しません。
血便があっても、全身状態が良い軽症のワンちゃんでは抗菌薬が必要ない場合が多くあります。
2024年のENOVATガイドラインでは、軽症の急性下痢に対して、血便の有無にかかわらず抗菌薬を使用しないことが推奨されています[1]。
メトロニダゾールは「使ってはいけない薬」ではありません。ただし、単純な急性下痢すべてにルーチンで使用する治療は見直されています。
子犬、高齢のワンちゃん、持病のあるワンちゃん、繰り返し嘔吐するワンちゃん、ぐったりしているワンちゃんでは、より慎重に考えます。
下痢が改善しない、何度も繰り返す、体重が減っている場合には、単なる一過性の下痢ではなく原因を調べる必要があります。
犬が突然、下痢をした!
朝は普通だった。
夕方、散歩に行ったら軟便。
そのあともう一度して、今度は水みたいな下痢。
さらに最後には、
少し赤い血まで混じっている。
飼い主さんとしては、
「血便❗」
となります。
そりゃ、びっくりします。
でも診察室で私が最初に知りたいのは、
便がどれくらい派手か
だけではありません。
そのワンちゃんが、
元気なのか
食欲があるのか
吐いていないか
水が飲めているか
脱水していないか
お腹を強く痛がっていないか
です。
犬の下痢は、便の見た目より全身状態が大切です
血便があるから重症、水のような下痢だから重症、とは限りません。
例えば、
ワンちゃんA
血便がある。
でも、
元気いっぱい。
食欲もある。
吐いていない。
脱水もない。
ワンちゃんB
血は混じっていない。
でも、
ぐったり。
食べない。
何度も吐いている。
水も飲めない。
明らかに脱水している。
この2頭なら、
私はワンちゃんBの方を心配します。
現在の急性下痢ガイドラインでも、重症度は血便の有無だけではなく、全身状態、脱水や循環状態、必要であれば輸液への反応などを中心に評価します[1]。
血便が出たら、すぐ抗菌薬?
いいえ。血便があるという理由だけで抗菌薬が必要とは限りません。
ここは、犬の下痢診療で考え方が変わってきたところです。
2024年に公表されたENOVATの犬の急性下痢ガイドラインでは、
全身状態が良く、脱水や全身性疾患の徴候がない軽症のワンちゃんでは、血便があっても抗菌薬を使用しない
ことが推奨されています[1]。
さらに、脱水などがあって輸液が必要な中等症でも、適切な輸液によって全身状態が改善する場合には、原則として抗菌薬は推奨されていません。
つまり、
「血が出た」=「細菌感染」=「抗菌薬」
ではありません。
では、どんな下痢なら抗菌薬を使うの?
抗菌薬を考えるのは、
下痢そのものより、全身性の重い病態がある場合
です。
例えば、適切な輸液を行っても、
全身状態が改善しない
強い循環不全がある
敗血症など全身性感染症が疑われる
著しい白血球異常などがある
といった重症例では、抗菌薬を検討します[1]。
つまり、
「下痢を止めるための抗菌薬」ではなく、全身性感染症などを治療するための抗菌薬
として使うわけです。
もちろん、特定の感染症など、抗菌薬を使用する明確な理由が確認された場合には、その原因に応じた治療を行います。
メトロニダゾールは使わない方がいいの?
いいえ。「使ってはいけない薬」という意味ではありません。
メトロニダゾールは、犬の消化器疾患で長年使用されてきた薬です。
私自身も、症例を選んで使用することがあります。
ただし現在は、
元気があり、脱水もなく、自然に改善する可能性が高い単純な急性下痢に、すべてルーチンでメトロニダゾールを使う必要はない
という考え方になっています。
近年の研究やレビューでは、単純な急性下痢に対するメトロニダゾールを含む抗菌薬の経験的使用について、見直す必要があるとされています[2,3]。
また、抗菌薬は病原菌だけに作用するわけではなく、
正常な腸内細菌叢にも影響します。
さらに、必要のない抗菌薬の使用は、
薬剤耐性菌
という、人と動物の両方に関わる問題にもつながります。
だから、
「下痢だからメトロニダゾール」
ではなく、
「このワンちゃんにメトロニダゾールを使う理由があるか」
を考える。
私は、こちらの方が現在の下痢診療に合っていると思います。
犬が元気なら、家で様子を見てもいい?
成犬で、全身状態が良く、軽い急性下痢だけなら、短期間の経過観察が可能な場合があります。
例えば、
元気がある
食欲がある
水が飲める
嘔吐していない
強い腹痛がない
明らかな脱水がない
といった場合です。
ただし、
「元気だから絶対に大丈夫」という意味ではありません。
下痢が悪化する、嘔吐が始まる、元気や食欲が落ちる場合には受診してください。
犬が血便でも元気なら、様子を見ていい?
少量の鮮血が便に付いていても、それだけで重症とは限りません。
大腸炎では、
頻繁に便をする
少量ずつしか出ない
粘液が付く
鮮血が付く
排便時にいきむ
といった症状がよくみられます。
こうした鮮血便は、見た目はかなり派手です。
でも、
便の見た目と病気の重症度は必ずしも一致しません。
ただし、
大量の血液が出る。
何度も嘔吐する。
ぐったりしてくる。
水が飲めない。
脱水してくる。
そうなれば話は別です。
早めに受診してください。
黒い便は少し意味が違います
鮮やかな赤い血が付く血便と、
真っ黒でタールのような便
は意味が違います。
黒いタール状便は、
メレナ
と呼ばれ、胃や小腸など上部消化管からの出血を示している可能性があります。
原因として、
胃・十二指腸潰瘍
薬剤による消化管障害
腫瘍
凝固異常
などが隠れていることもあります。
黒いタール状便が出た場合は、一度きちんと診てもらった方がいいでしょう。
整腸剤やプロバイオティクスは効く?
ここも、意外に答えが単純ではありません。
プロバイオティクス、プレバイオティクス、シンバイオティクスなどは、ワンちゃんの下痢でよく使われます。
安全性が比較的高い製品も多く、
「腸内環境を整える」
という考え方は理解できます。
ただし、2024年の系統的レビューでは、
犬の急性下痢を明らかに早く改善させるという臨床的に重要な効果について、十分なエビデンスは示されていません[2]。
ENOVATガイドラインも、プロバイオティクスについては、
使用を推奨する、あるいは使用しないことを推奨するだけの十分な根拠がない
という立場です[1]。
つまり、
使ってはいけないわけではない。
でも「これを飲めば治る」と言えるほどでもない。
現在はそんな位置づけです。
犬が下痢したら絶食させる?
昔は、
「下痢したら胃腸を休ませるために絶食」
と言われることも多くありました。
現在は、すべての急性下痢のワンちゃんを長時間絶食させる考え方ではありません。
嘔吐がなく、食べられるのであれば、
消化しやすい食事を少量ずつ与える
という方法があります。
ただし、
嘔吐を繰り返している
異物を食べた可能性がある
強い腹痛がある
全身状態が悪い
場合には、単純な急性下痢とは考えずに診察が必要です。
子犬の下痢は同じように考えていい?
子犬は、成犬より慎重に考えます。
特に、
ワクチン接種が完了していない
嘔吐もある
元気・食欲が落ちている
血便がある
といった場合には、
犬パルボウイルス感染症
なども考えなければなりません。
また、子犬は体が小さいため、下痢や嘔吐による脱水や低血糖の影響を受けやすいという問題もあります。
「元気そうだから明日まで」ではなく、子犬は少し早めに相談する。
くらいでよいと思います。
こんな下痢は早めに動物病院へ
次のような場合には、家庭で長く様子を見ない方がいいでしょう。
ぐったりしている
食べない
水も飲めない
嘔吐を繰り返している
明らかな脱水がある
強くお腹を痛がる
大量の血便が出る
黒いタール状便が出る
異物や毒物を食べた可能性がある
下痢が改善せず続いている
体重が減っている
そして、
子犬、高齢のワンちゃん、持病のあるワンちゃん
では、同じ下痢でも慎重に考えます。
下痢が続く場合は、「いつもの下痢」で済ませない
急に始まった下痢の多くは、比較的短期間で改善します。
でも、
何度も繰り返す。
ずっと軟便。
体重が減ってきた。
食欲まで落ちてきた。
となると、考え方を変えます。
例えば、
寄生虫
食事反応性腸症
慢性腸症
膵疾患
アジソン病
腫瘍
など、原因をきちんと調べる必要があります。
「また下痢だから、前と同じ薬」
だけで済ませない方がよいケースです。
Dr.難波から
ワンちゃんが血便をすると、飼い主さんはびっくりします。
診察室でも、
「先生、大変です。血が出ました❗」
と言われます。
そりゃ心配になります。
私だって、自分のワンちゃんから真っ赤な便が出たら嫌です(笑)。
でも診察するとき、
私が最初に見るのは便ではありません。
ワンちゃんを見ます。
元気か。
こちらを見ているか。
歩けるか。
脱水していないか。
お腹を痛がっていないか。
吐いていないか。
循環は大丈夫か。
それから便を見る。
私は、
「便を見る前に、ワンちゃんを見る。」
くらいでちょうどいいと思っています。
血便でも、尻尾を振って診察室を歩き回っているワンちゃんがいる。
反対に、血なんて一滴も出ていないのに、ぐったりして危ないワンちゃんもいる。
だから、
便が派手だから重症、ではない。
それから、抗菌薬。
私自身、犬の下痢にメトロニダゾールを使うことはあります。
でも昔より、
「本当にこのワンちゃんに必要か?」
を考えて使うようになりました。
医学は変わります。
ガイドラインも変わります。
昔から使ってきた薬だから全部やめる、という話でもない。
新しいガイドラインに書いてあるから、目の前のワンちゃんを見ずに機械的に従う、という話でもない。
必要なら使う。
必要でなければ使わない。
結局、それだと思います。
下痢を診るというのは、
便に名前をつけることではなく、
そのワンちゃんが今、どれくらい具合が悪いのかを判断すること。
だから、
便を見る前に、ワンちゃんを見る。
私はそう思っています。
よくある質問
犬が下痢していますが、元気です。病院へ行くべきですか?
元気・食欲があり、嘔吐や脱水がない成犬の軽い急性下痢なら、短期間経過をみられる場合があります。
ただし、悪化する、嘔吐が始まる、元気や食欲が落ちる、改善しない場合には受診してください。
犬が血便をしました。緊急ですか?
血便があるだけで重症とは限りません。
全身状態、嘔吐、脱水、腹痛などを合わせて判断します。
ただし、大量出血や元気消失などを伴う場合には早めの受診が必要です。
犬の血便には抗菌薬が必要ですか?
血便があるという理由だけでは、抗菌薬は必要ありません。
現在のガイドラインでは、全身状態の良い軽症犬では、血便の有無にかかわらず抗菌薬を使用しないことが推奨されています[1]。
犬の下痢にメトロニダゾールは使わないのですか?
使用することはあります。
ただし、単純な急性下痢すべてにルーチンで使用することは現在推奨されていません。
そのワンちゃんにメトロニダゾールを使う理由があるかを考えて判断します。
犬が下痢したら絶食した方がいいですか?
すべてのワンちゃんを長時間絶食させる必要はありません。
嘔吐がなく食べられる場合には、消化しやすい食事を少量ずつ与える方法があります。
犬の下痢に整腸剤やプロバイオティクスは必要ですか?
使用されることは多いですが、急性下痢を明らかに早く治すというエビデンスは現時点では限定的です。
症例や製品によって考えます。
犬の黒い便は血便ですか?
真っ黒でタール状の便は、胃や小腸などからの出血を示す「メレナ」の可能性があります。
鮮血が少し付く便とは意味が違うため、受診をおすすめします。
まとめ
犬の急性下痢で大切なのは、便の見た目だけではなく、そのワンちゃんの全身状態です。
見るのは、
元気
食欲
嘔吐
水分摂取
脱水
腹痛
循環状態
年齢
持病
です。
血便だから重症。
血便だから抗菌薬。
下痢だからメトロニダゾール。
そんな単純な話ではありません。
メトロニダゾールを使うこともあります。
使わないこともあります。
「このワンちゃんに、今この治療が本当に必要なのか?」
を考える。
そして、
便の見た目より、そのワンちゃんを見る。
必要な検査をして、
必要な治療だけをする。
それが犬の急性下痢を診るうえで大切だと思います。
参考文献
Jessen LR, Werner M, Singleton D, et al. European Network for Optimization of Veterinary Antimicrobial Therapy (ENOVAT) guidelines for antimicrobial use in canine acute diarrhoea. Vet J. 2024;307:106208. doi:10.1016/j.tvjl.2024.106208.
Scahill K, Jessen LR, Prior C, et al. Efficacy of antimicrobial and nutraceutical treatment for canine acute diarrhoea: a systematic review and meta-analysis for European Network for Optimization of Antimicrobial Therapy (ENOVAT) guidelines. Vet J. 2024;303:106054. doi:10.1016/j.tvjl.2023.106054.
Ellis C, Odunayo A, Tolbert MK. The use of metronidazole in acute diarrhea in dogs: a narrative review. Top Companion Anim Med. 2023;56–57:100824. doi:10.1016/j.tcam.2023.100824.
執筆・監修
難波 信一
獣医師・獣医学博士
マーブル動物医療センター 院長
初回公開:2026年10月7日
※本記事は、犬の急性下痢についてENOVAT/WSAVAのガイドラインおよび獣医学文献をもとに、一般の飼い主さん向けに解説しています。下痢の原因や重症度、必要な治療はワンちゃんごとに異なります。全身状態が悪い場合や症状が続く場合には、動物病院を受診してください。
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